SN1反応 総合問題 反応機構・反応速度・立体化学等 103回薬剤師国家試験問103
第103回薬剤師国家試験 問103
下式に示した、光学的に純粋な化合物Aと水とのSN1反応に関する記述の正誤を判定してみよう。
1 Aの化合物名は(R)-3-bromo-3,4-dimethylpentaneである。
2 光学的に純粋なアルコールが得られる。
3 反応速度は、Aの濃度及び水の濃度のいずれにも比例する。
4 水は求核剤として作用する。
5 反応はカルボカチオン中間体を経由して進行する。
第103回薬剤師国家試験 問103 解答解説
1 × Aの化合物名は(R)-3-bromo-3,4-dimethylpentaneである。
→ 〇 Aの化合物名は(S)-3-bromo-2,3-dimethylpentaneである。
2 × 光学的に純粋なアルコールが得られる。
→ 〇 互いにエナンチオマーの関係のアルコールの等量混合物(ラセミ体)が得られる。
3 × 反応速度は、Aの濃度及び水の濃度のいずれにも比例する。
→ 〇 SN1の反応速度は、A(基質)の濃度のみに比例する一次反応速度式で記述される。
4 〇 水は求核剤として作用する。
5 〇 反応はカルボカチオン中間体を経由して進行する。
★ ハロゲン−sp3炭素を有するハロゲン化合物は求核置換反応または脱離反応の基質となる。
ハロゲン(X)や酸素といった電気陰性度の大きい原子が結合したsp3炭素(X−sp3炭素,O−sp3炭素)では、ハロゲン(X)や酸素がsp3炭素との共有電子を強く引っ張るため、X−sp3炭素、O−sp3炭素の結合は大きく分極して切れやすくなっている。
このことから、ハロゲン−sp3炭素を有する有機ハロゲン化合物は求核置換反応(SN1,SN2)や脱離反応(E1,E2)の基質となる。
本問の反応は、第3級のX−sp3炭素の構造を有するハロゲン化合物を基質とした求核置換反応の一分子置換反応(SN1反応)である。
本問のSN1反応は下記のように進む。
★ SN1反応の進行と基質の構造の関係:
求核置換反応のSN1反応ではカルボカチオン中間体を生成する段階が律速段階なので、SN1は安定なカルボカチオンを生成する基質で起こりやすい。律速段階には基質のみ関わるので、SN1反応の反応速度は基質の濃度のみに比例する。
SN1反応では、第一段階として基質から脱離基が陰イオンとなって外れてカルボカチオン中間体を生成する。第二段階として、カルボカチオンに対して求核剤が付加する。結果、脱離基と求核剤が置換したものが生成する。
SN1反応の2つの段階のうち、相対的に活性化エネルギーが高く、速度が遅いのは一段階目のカルボカチオン中間体を生成する段階である。よって、この過程がSN1の律速段階である。
この反応が1分子求核置換反応(SN1)と呼ばれる理由は、律速段階で基質の1分子だけが関わるからである。
よって、SN1反応の反応速度は基質の濃度のみに比例し、下記の一次反応速度式で記述される。
SN1の反応速度=k×[基質]
SN1反応の律速段階は、第一段階の脱離基が外れてカルボカチオン中間体を生成する過程である。カルボカチオンとして安定性の高い第3級カルボカチオンやアリルカチオン、ベンジルカチオンが生成する基質ならばSN1反応が起こる可能性はあるが、ノーマル第1級カルボカチオンやメチルカチオンといった不安定なカルボカチオンが生成する基質の場合はSN1反応が起こる可能性は低い。
カルボカチオンの安定性の序列は下記の通りである。
SN1反応の律速段階は基質からハロゲンが脱離してカルボカチオンを生成する段階であることから、ハロゲン化アルキルのSN1反応の反応性(起こりやすさ)の序列は、ハロゲンが外れて生成するカルボカチオンの安定性の序列に従うので、下記のようになる。
カルボカチオンの安定性については下記のリンク先で解説
カルボカチオンの安定性について
★ SN1反応の生成物の立体について、反応中心炭素が不斉炭素であった場合、その立体化学が互いに逆のエナンチオマーの等量混合物であるラセミ体となる。
SN1反応では、基質から脱離基が外れて生成したカルボカチオン中間体のC+に対して求核剤がアクセスするが、この際、C+のsp2平面に対して求核剤はどちらの側からアクセスしてもアクセスのしやすさは変わらないため、両側から等しくアクセスする。このことから、SN1反応では、反応中心炭素が不斉炭素であった場合、その立体化学が互いに逆の立体異性体(エナンチオマー)が等量ずつ生成すると考えられる。
なお、SN2反応の生成物の立体について、反応中心炭素の立体配置が出発物と反転することが多い。これをワルデン反転という。SN2でワルデン反転が起こる理由として次のことが考えられる。求核剤がCδ+にアクセスする経路について、ハロゲンや酸素などの脱離基がある側からのアクセスは、物理的に脱離基が邪魔であることに加え、脱離基の負電荷と求核剤の負電荷が反発しあうことからCδ+に接近しづらい。そのため、脱離基のない側から求核剤がCδ+に接近して付加することが多くなり、このことから、ハロゲンなどの脱離基が結合していた側と逆側に求核剤が付加して置換した生成物が多くなる。
★ SN1反応では、プロトン性溶媒を用いるとカルボカチオンが溶媒和により安定するため、反応が速く進行する。
−OHや−NH2を持つ溶媒をプロトン性溶媒と呼ぶ。SN1反応では基質のカルボカチオン中間体を経由するが、プロトン性溶媒を用いると、カルボカチオンのC+の正電荷に対してプロトン性溶媒分子がδ−を向けて取り囲む。これをカルボカチオンの溶媒和という。カルボカチオンの溶媒和はカルボカチオンの安定性を高めることになる。このことから、プロトン性溶媒では基質がカルボカチオンになりやすくなり、SN1反応が速く進行する。
なお、SN2反応をプロトン性溶媒中で行うと、求核試薬の負電荷に対してプロトン性溶媒が正電荷を帯びるHδ+を向けて取り囲む。これを求核試薬の溶媒和という。求核試薬がプロトン性極性溶媒で溶媒和されると、基質のCδ+への求核攻撃が起こりにくくなり、反応速度が遅くなる。
一方、SN2反応で、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリルなどの非プロトン性極性溶媒を用いると、求核試薬が溶媒和されることなく裸の状態で存在できるため、SN2反応が速くなる。
★ 第3級ハロゲン化アルキルを基質とした反応
本問では、第3級ハロゲン化アルキルを基質とし、水が求核試薬となるような中性条件下で反応を進行させている。この場合、SN1反応とE1反応が競合して進行すると考えられる。
第3級ハロゲン化アルキルに塩基を高濃度で用いるとE2反応が優先する。
★他サイトさんの解説へのリンク
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